「門前」
1804年8月26日、菅江真澄は小浜から門前に入ります。
男鹿に存在する20件の秋田県指定文化財のうち、仏像や絵画など7つもの有形文化財が ここ男鹿市船川港本山門前にあるんです。すごいよ!!門前
そのほか、長楽寺縁起の石碑・男鹿出身の詩人 沢木隆子(さわき たかこ)さんの歌碑・男鹿図屏風の模写・宝篋印塔・徐福塚・薬師堂跡・柴燈堂跡などミドコロがバンバン出てきます。
徐福塚
秦の国の徐福という人が不老不死の薬草を探しに男鹿半島へ船で訪れたという伝説があるそうです。アレ?たしかナマハゲ伝説では、漢の武帝も不老不死の妙薬を探して男鹿に来たんですよね。ひょっとしてホントに男鹿にあるんじゃ・・・?不死は ともかく、不老か・・・・・・その薬草、探してみようかしら。今日は下を見ながら歩くことにいたします!
ナマハゲが一夜にして積み上げた九九九の石段です。登ってみるとナマハゲさんの人ならざる剛力を思い知らされます。寒風山から石を運んで こんな長大な石段を作り上げるなんて・・・すごいよ!!ナマハゲさん
あと200m
やっとこさ市指定史跡・五社堂境内地に到着です!真夏の暑いなかココを登りきった菅江真澄さんは かなり根性入ってますね。
門や熊野堂などは失われてしまっていますが、周囲を囲む土塁や姿見の井戸、御手洗の池がのこっています。
「姿見の井戸」
姿見の井戸がある。この水鏡が曇り、ほんとの形が写らない人は、命が長くないと占なわれる。ヒヤヒヤしながら覗き込む怯えた姿が写りました。井戸の底までハッキリ見えます。
「五社堂」
五社といって、五柱の神が並び祭られている。五社ともみな萱苔きで、その様式はいまのものとは違い、古い時代を思わせる。古い棟札に、建武二年(一三三五)、阿部 季、応安五年(一三七二)に高季が修理を加えたとあった。
立派なお堂が横一列に五つも並ぶ、赤神神社 五社堂は平成二年に国指定重要文化財に指定されております。すごいよ!!五社堂頑張って登ったせいか余計立派に見えます。
五社堂の右脇の この径(こみち)が 本山真山へつづく道です。おやまかけ で本山から降りてくると ここへ出て、九九九の石段を下り、ゴールとなるのです。
デコボコした石段は上りよりも下りの方が断然危険です。五社堂にお出掛けの際は必ず歩きやすい靴で おいでくださいね!